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連載コラム(第二回/薄田雅人)

久しぶりに大連に戻りました。飛行機から見下ろしたときに、冬場の東北地方特有の煤煙のせいか、空気が濁って見えたのが気になりました。地球温暖化という傾向は、ここ中国でも顕著です。わたしが東北地方に足繁く通いだした94年ごろ−つまり10年間ですね−は、12月といえば、身も凍えるような夜がそら恐ろしかったものです。ある晩などは、(東北では比較的温暖なはずの大連でも)マイナス17度に達し、強風を受けながら15分ほど歩き、屋内に入った直後はしばらく茫然自失状態になったくらいです。それがいまでは、せっかくアメリカから取り寄せた「極寒用パーカ」が、たんすの中に眠りっぱなしという状態です。

さて、戻って早々なかなかエキサイティングなニュースが飛び込んできました。中国パソコン最大手の聯想(LENOVO)が、IBMのパソコン事業を買収、両社で新たに合弁会社を設立するというのです。7日付のウォールストリート・ジャーナル(電子版)が報じました。
このニュースは翌日聯想自身により公式に発表され、世界中に広まりました。聯想の発表によれば、買収金額は12億5000万ドル(1281億円)。これにより、IBMは今後企業向けサーバーやITサービス事業に特化、パソコン事業からは、事実上撤退することになります。

聯想が産声を上げたのは、「改革開放」政策が登場して間もない1984年11月でした。そのきっかけは、母体である中国科学院の折からの予算不足に頭を悩ましていた当時の計算機研究所長の発案だったといいます。科学院が出資したのはわずかに20万元(現在のレートで250万円余)。事務所に割り当てられたのは、たった20平米足らずの小屋でした。言ってみれば、ナイナイづくしからのスタートだったのです。けれども、こうした悪条件は、当時の中国企業にほぼ共通の問題でありましたから、こうした最大公約数的な課題をさいしょに乗り越えた企業は、国家的模範、ないしは開拓者となることを運命づけられていたのでした。

聯想の創業者である柳傳志氏らが、こうしたナイナイづくしの中から手探りで導き出した成長戦略が、「貿-工-技モデル」と呼ばれたものでした。まず、とりあえず売れる自社製品など全くなかったわけですから、「貿易」からスタートしたのです。当時はまだ多くの企業にとって未知のブラックボックスであったパソコンの据付、メンテナンスなどを、短期間に集中しておこなった。これで、ようやく70万元の資金を蓄積することができました。

つぎに柳傳志氏が注力したところは、聯想の社史のなかで、おそらく会社が存続する限りは永遠に語り継がれることになるべき画期的な事業、漢(Chinese Character Card;聯想漢字システム)の製品化でした。80年代の中頃、「漢字入力問題」は、中国のパソコンユーザーのなかでもっとも早期の解決が望まれていた問題でした。聯想の「漢」はこうした積年の課題へのソリューションとして受け入れられ、聯想自身もその発展戦略のなかで、「工」への移行を一歩踏み出したのでした。柳傳志氏は、第一ステップであった「貿易」で汗水たらし、稼ぎ出した70万元を、すべてこの「漢」開発に投入したといわれます。そして、結果的にこの「漢」が大当たり。「漢」の市場投入後、売上は85年の300万元から、翌年には1,800万元、87年になると7,300万元と、この間、売上は実に24倍もの拡大を示したのです。

「漢」の成功は、中国国内市場をねらう海外の有力企業からも大いに注目されるところとなりました。聯想が、そしてこれを是が非でも中国ITビジネスの航空母艦としたい中国政府の主管部門は、つぎに先進国の有力企業からの技術・ノウハウ移転をめざしました。80年代の中頃といえば、まだ中国全体が、先進国との格差に無限大のものを感じていた頃です。圧倒的な差に愕然としながらも、ある意味では国家的な使命を負った聯想のような会社は、先進国企業から、盗めるだけの技術、盗めるだけのノウハウを吸収すべく、さまざまな形の<合作>を試みていかねばなりませんでした。

こうした背景のなかで、聯想が最初に選んだ海外パートナーはASTでした。聯想は、ASTとの間で取り交わした中国におけるASTのソール・エージェントとしてのさまざまな代理業務を通じ、経営管理全般、わけてもマーケティング戦略についての実践的知識と、ノウハウを吸収したといわれます。あらゆる業界で、中国、中国企業が過去十数年にわたって実践してきたように、世界市場に打って出るための技術・ノウハウは、まず海外企業との<合作>を通じて、その身に取り込まねばならない、からなのです。

わたしは中国、中国人との付き合いを始めてからもう二十年になりますが、今回の聯想とIBMのやり取りをみていて、つくづく、彼らが<大戦略>を描き、かつこれを果敢に遂行することのできる人びとであると思いました。たしかに、企業運営も、もっと大きな国家運営も、個々の局面を仔細にみれば、小さな失敗、試行錯誤の繰り返しになりましょう。ただ問題は、長期的な大戦略というものを持っているかどうか。この有無が、10年20年というスパンでみたとき、企業や国家の将来を大きく左右します。

今回の買収劇をニュースで知ったとき、わたしがすぐに思い出したのは、今年3月、聯想が国際オリンピック委員会(IOC)の選ぶTOP(The Olympic Partner)に選出されたという一件でした。中国企業としてTOPに選ばれたのは聯想が初めてで、これにより、聯想は2006年のトリノ冬季オリンピックと2008年の北京オリンピックで、コンピュータ設備に関する資金ならびに技術サポートを担当することになったのです。

国家の陰が、国家を動かす大戦略という<意思>が、はっきりと見えています。2008年の北京オリンピックは、中国が、中国企業を<世界ブランド>として世界に押し出す格好の舞台となるでしょう。IBMもまた、こうした中国の国家戦略を、冷静に読み込んでいます。中国市場がIBMにとって最大の戦略地域であることは間違いないわけですから、薄利部門であるパソコン事業を聯想に売却しつつ、コスト競争力に強みのある聯想から、引き続きパソコンを安定調達し、その一方で、ソリューション事業への傾斜を進めたい聯想に中国市場のパイ(分け前)を要求する。わたしは、おおよそこうして双方の骨太な<戦略>が折り合ったのだろうと思います。

こうしてコラムを書いているときにも、また新たなニュースが入ってきました。ドイツのシーメンスが携帯電話事業の一部または全部を波導(BIRD、浙江省)に売却するかもしれないというのです。あり得ない話ではないですね。<大戦略>を描く欧米企業と中国企業、そして中国政府の思惑が、にわかに表舞台で火花を散らし始めた感があります。

以  上    
薄田 雅人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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